感情的に未熟な社会人

感情的に未熟な社会人

彼らが、ガイドラインを逸脱せず、好き勝手に改良を加えない限り、有能さは評価に値するものだ。だが発案段階や計画段階を過ぎてしまったプロジェクトには熱意を失いやすい。プロジェクトが軌道に乗りかけると興味が徐々に薄れ、特に未知の可能性が消えるころには、苦痛すら感じる。そして興味を持続させるために上司のルールを曲げ始めることもある。人は、自分のアイデアと新しい概念を関連づけたり、矛盾点から新たな法則を見出したりすることに意欲的で、非凡な才能を発揮する。そこで適職は、新しいアイデアの提案・リサーチ任務やネットワークづくり、さらに広報的な仕事ということになる。 一方、発展性の乏しいルーティンフークを任せるのは得策ではない。ナルシストである人には、理想化された自己イメージがあり、少し努力すれば、どのようなことでもできるという自信がある。この自己イメージの理想化によって、実質的・実践的な道筋を描き、そのための努力を覚悟することが苦手だ。だからおもしろいが実現性が薄いアイデアにこだわったりする。彼らには、アイデアさえあれば、努力なしにでもよい仕事ができるといった思い込みがあるのだ。しかも、それを否定する人たちを、発想の貧困な人間と見下す傾向もあるのでなかなか難しい。

 

ただし当然ながら、上司は、アイデアの先にある実践の困難さを直視することを人に教えなければならない。その際は、感情的に未熟であることを指摘するより、論理的に解説をした方がよい。思考中枢の人は、論理的な解説には、比較的素直に納得する。ただし楽観主義とナルシシズムの人に、苦痛と向き合うことを教えるのは至難の業だ。そこで重要になるのは、決して否定から入らない工夫だ。人は、批判的な上司の話を耳に入れようとしない。彼らのアイデアをまず肯定し、新たなテーマを与えるのだ。非現実的なアイデアは、多くの場合、日の目を見ないが、万が一、実現への道筋が発見されれば、それこそ名案ということになる。ただしひとつのプランを完成させるまで、きちんと責任を全うすることを条件にするべきだろう。


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